絵画・イラスト・絵本・銅版画|しずくあつめ舎 佳矢乃-kayano- しずくあつめ舎「佳矢乃」では、フリーのイラストレーター佳矢乃が「魂の世界と、今ここの現実世界を繋ぐ絵」をテーマに、絵画やイラスト、絵本、銅版画、紙もの雑貨などを制作しています。降りてきたふたつの魂を描く「しずくふたつの絵」や、出産祝いや魂の起源である宇宙を表現した作品等、ぜひこちらで、あなたの生活にひとしずくの彩りを。

「無価値観」の種は?

最近ずっと

個展関連の記事が続きました。(そりゃまあ、はい)

 

久しぶりに

「心」の記事を。

 

例のごとく、

自分には関係ないなと思われたら

スルーでお願いします^^

 

《宇宙意識もろもろ》

《宇宙絵図・宇宙の仕組み》カテゴリ記事

 

——————————-

 

今日たまたま

ある方がSNSで

「幼少期のトラウマについて」の動画を

シェアされていました。

 

これは、私自身も

何年も取り組んできたことでして、

 

その過程、過程で

実際に家族とも何度も向き合ってきました。

 

親子関係、その性格の違いも

人さまざまで、

一概に言い切れるものではないにしろ、

 

 

「幼少期に何をどう感じて生きてきたか」

の影響は

大人になってからも

かなり大きく出てくるものだ、と体感しています。

 

 

実際に、

 

自分の親世代も、

そのまた親との関係の中で

多かれ少なかれ、

 

「自分でも

 全く気づいていないほどの

 解消されていない傷」

 

は、持っているんですね。

 

大体は放置されてしまうし、

放置していても、

まあ「人として」生きてはいけるから、

それはそれでいいんでしょうけど、

 

心のどこかで

「理由のわからないしんどさ」だったり

 

「理由のわからない無価値観」があるまま、

 

大人になる。

 

 

もしくは、

自分が次に、親になる。

 

この場合、

もしかしたら親子関係で何かしら

「負の連鎖」を引き継ぐ場合もある。

 

気づかないまま。

 

 

でも、

気づいた人が(親だろうが、子だろうが)、

 

この負の連鎖を断ち切ることができる。

 

 

それは

何歳だなんて全く関係なくて、

 

何歳からでも、大丈夫なこと。

 

何歳になってもこんなこと言ってるの

恥ずかしい・・・なんて全くないです。

 

むしろ、

幾つだとしても、

気づいた方が素晴らしいこと。

 

 

時には心の専門家の力を借りながらでも

「幼少期の心の膿出し」をやってあげた方が、

 

「何かと回復は早い」と、私は感じていますし、

 

嬉しいことに

「負の連鎖も断ち切れる」確率も

格段に上がると思います。

 

 

膿を出す作業は、相当しんどいです。

 

逃げたくもなります。

 

時には逃げてもいい、とも思います。

 

ただ、逃げ続けたり、

見て見ぬ振りを続けていたら

やっぱり

「負の連鎖」も付きまといます。

 

 

 

「インナーチャイルド」

という言葉、

最近はよく聞くんじゃないでしょうか。

 

 

大人になっても

心の中にいる

「幼い頃の自分」

 

(リトル○○ですね)

 

この子が「心健やかに育っていたら」・・。

 

 

 

心のこと、

全てを紐解くことは難しいですが、

 

2年ほど前に書いていた

「インナーチャイルドの痛みから生じる無価値観」

 

という記事を

このタイミングで転載しようと思います。

 

もし誰かの、何かの少しでもヒントになれば幸いです。

 

 

 

 

周りとの比較癖から起こる嬉しくない影響

 

 

「周りと比較しなくていい。」

 

「なにかができる、できない関係なく、

 誰しもが価値ある存在だ。」

 

 

よく、こんな風に言われていることでも、

 

言葉ヅラだけ素通りして、

心の奥側に響かない時があります。

 

頭ではわかっていても、

それでも、

どうしても、

「自分には価値がない」と思ってしまう。

 

無価値観を感じてしまう。

 

 

それはまず

「誰かと比べる」と、

そうなってしまうかもしれません。

 

 

で、ちょっと唐突な例えをしますが、

 

人それぞれ

得意分野・得意科目も違います。

 

算数が苦手で、国語が得意な人もいれば、

算数が得意で、国語が苦手な人もいます。

 

算数も国語も苦手だけど、音楽は抜群だ、という人もいますね。

 

例えです。

 

で、ここで、

 

算数が得意な人の方が価値がある気がして、

国語が得意なのに、そこを見ないで、

算数ができるように努力するし、

算数が得意な人になりたい、と思ってしまう。

努力するけどできない。

で、落ち込む。

 

「私は、ダメだ。

 算数ができない自分なんて価値がない。」

 

 

これって?

 

もし誰かがこう言っていても、

そんなことない、って思いませんか。

 

でも、これ、自分に対しては

やりがちじゃないですか?

 

欠けたところをフューチャーしてしまう癖。

 

 

こんな「思いグセ」がある場合、

 

幼少期の「感じたこと」が影響している場合もあって、

 

「インナーチャイルド」を、

もっともっと癒してあげることが、

必要かもしれません。

 

 

過去の経験や、

周りから言われた言葉から、

 

「できない自分」

「それではダメな自分」

という意識を、

ガチガチに固めてしまっている可能性が大きいからです。

 

そんなの大きな勘違いなのに。

 

 

上の例えなら、

算数が苦手でも

国語が得意なら、その素敵な部分を

もっともっと自分で認めてあげていいんですもんね。

 

全てに万能じゃなくていい。

 

 

でも、

 

なにをどうやっていても、

 

(何かを達成しても虚しさを感じたり)

 

無価値観を感じてしまう場合は、

まだまだ相当、

インナーチャイルドが、

痛んでしまっている場合もありますし、

 

 

今起こっている問題は、

実はそれほど自分にとっては

大きな問題でもないのに、

 

なぜか反応してしまうとき、

 

勝手に、

過去の傷(だと思い込んでいるだけだけど)が疼き出して、

 

反射的に、

感情が反応して、

 

無価値観を感じていることがほとんどです。

 

 

それは、

大抵、

 

「インナーチャイルドをまだまだ癒してほしいよ。」

 

「わたしのことをもっと癒してよ。わたしが。」

 

という、

魂からの愛あるメッセージなんですけどね(*^^*)

 

 

 

自分の中の小さな自分(内側の自分)が癒されてなければ、

なにをしても、

なにをしようとしても、

 

無価値観は、

どこまでも付きまとってくるかと思いますが、

 

逆に、

 

この「心の中の幼い自分」が癒されて回復したら、

無価値観はかなり減るでしょうし、

 

どんな自分でもいいんだ、

と思えることも、増えると思います。

 

 

 

この心の「種」「原因」がわからないから苦しくなる。

 

何回でも言いますが、

 

種は、

インナーチャイルドであることがほとんどです。

 

 

 

 

 

少しずつ何回も「心にいる幼い自分」を自分で癒す

 

 

たいてい、

自分が反射的に感じることは、

 

「自分には価値がない、と、

 他の誰でもない、

 自分自身がそう見なしている。

 

ので、

 

それが苦しいなら、

 

インナーチャイルドの癒し

 

は外せないポイントで、

 

誰かに癒してもらう以上に、

 

自分で自分の心に優しく接する、ことは

不可欠だろうなと思うのです。

 

 

ゴールなんてないですし、

 

これだけやったから十分だ、・・もないです。

 

少しずつでも繰り返すことが結構大事。

 

 

というのも、

これもちょっと話は逸れますが、(逸れること多し)

 

望む未来があったとして、

 

望む未来の形を

自分の頭で思い描いているものだけに

照準を合わせてしまう、のは、

 

インナーチャイルドの癒されていない部分を、

無意識にフューチャーして、

「欠けたところを埋めよう、埋めよう」

という意識が働いた結果の「望む未来」なので、

 

「癒されてないものを埋めるための願望」なので、

 

実は、

そういう「願望」は、

 

魂からの望んだ願望とは違う

フェイクの可能性が大きいです。

 

(ややこしい表現になっている自覚あり)

 

 

もちろん、

それでもいいんですし、

否定するつもりはないですが、

その願望を現実化するために、

あれこれ行動して、

結果、叶えたとしても、

 

「欠乏感・無価値観」はそのままなので(種に気づいていないから)

 

また「欠乏感からくる願い」を

次々と生み出す

心のからくりが、働いてしまったりもします。

 

(蛇足ですが、上の場合

   願望実現する流れでの

    人智を超えた奇跡は起きにくいのかもな、とも思います。)

 

 

 

自分の頭で思い描いている幸せが、

自分の真の幸せとは限らないんですよねえ・・。

 

これは、

一言、そう伝えても、

なかなか理解してもらえないですが。

 

 

なにかができるようになったから、

自分に価値がある、じゃあ決してない・・し、

 

 

これを叶えれば、自分は幸せになれる・・も、

果たして本当にそうなのかどうかも、実はわからない。

 

 

「今のままじゃ価値がないから、

 価値をつけるためのあれこれ」

 

・・よりは、

 

 

「ただ、そこに存在するだけでいいんだ。」ということ

 

「条件なしに価値がある」こと

 

その基本的なことを

 

しつこくても、何度も何度も

お伝えしたいとやっぱり思ってしまうのです。

 

 

 

油断したら、

すっとそういう無価値観の罠に、

人はハマりたがるもん、ですしね。

 

 

そこも、

インナーチャイルドが癒されていって、

どんな自分でもいいんだ、

と、まるごと受け入れる事ができたら、

 

抜け出せます。

 

 

「今のわたし」が

他の人からどう受け取ってもらっているかはわかりませんし、

 

それはさておいて、

 

かつてのわたしは、

自信まったくナシ子の、

自己肯定感も低いも低い、

無価値観の塊でしたもんで(苦笑)

 

それで親との関わり、

心の種を探って、

 

気づいて、

 

インナーチャイルドを何回も何回も癒す作業をして、

 

何年もかかって、

 

やっと、

 

「まあ、

 この(不完全な)自分でも、

 この自分だから、好きだ。」

 

と思えた自分なので(^^)

 

書きました。

 

 

 

そして、

今、順調そうに見てもらえてるかもしれないけど、

 

順調になったから自分を好きになったんじゃなくて、

 

自分を好きになった後で、

 

いろんなことが順調な流れになってきたことも

付け加えておきますね。

 

 

 

 

 

 

「宇宙に任せる」内側(心)の状態

 

 

「宇宙に委ねる」という言葉があって、

 

私も先日の記事でも書いたばかりですが、

 

 

 

乱暴な言い方だと自覚して、

あえて言うと、

 

「宇宙源泉に比べたら

 人智なんて

 たかが知れている」

 

と思っちゃうのです。

 

ある程度、

 

自分にできる範囲のこと

やるだけやっていたら、

 

あとは

「他力本願」になって

 

宇宙源泉に任せる・・

 

流れに身を任せてみることがあっても

いいんじゃないかな

 

と、

今回の経験でも、さらに感じました。

 

 

この、

宇宙に完全に委ねるのは、

実はかなり勇気がいることなんですよねえ。

 

 

ただこれって、

 

自分で感じることもしないまま

(気づこうとしないまま)

 

「なんとかなるー」ってことじゃないんですけども。

 

 

 

地球は「行動の星」なので、

アクションは必要なんですよね。

 

意識も、アクションです。

 

言う、やる、試す、

気づく、

気づくように向き合うのもアクション。

 

自発的なアクション、全てを意味するから、

 

そのアクション一つ一つ積み重ねると、

 

 

これまた不思議なんですけど、

 

願望自体がない状態にもなっていく・・・

 

(この状態を一度経験すると、これね、ってなります←乱暴なフリ)

 

 

で、

 

どんなものが来たって、

 

どんとこい。

 

と、これまた不思議と、思えたりもする。

 

 

(とは言え、

 弱気になることもあって良い、笑

 そこも許す)

 

 

これって、

本当の意味で、幸せで最強なんじゃないのかなあ

 

・・と思うのです。

 

 

 

外側の状態がどうであろうとも、

自分なら大丈夫だ、と思えれば、

 

その心の状態が

「内側(心)の幸せ」なんじゃないのかな、と思うのです。

 

 

で、そうなると・・・

 

様々な流れが加速づくし、

 

不思議と、

人智を超える、

宇宙の際限ないミラクルも起こったりってことも。

 

 

その時はすごく嬉しいし、

大喜びもしますが、

 

 

実は、

その奇跡すら、

結果すら、

 

奇跡起こる起こらない、

結果どうなる、ならない、

 

も、

もはや、

どっちでもいい、という軽さもあるのです。

 

結果は「後からやってくるギフト」だから。

 

最初から

ギフトを期待して、

あれこれやると、

 

まあ見事に期待はずれ、なんですよね(苦笑)

 

 

期待は「重く硬い」エネルギーなので

形になりずらい。

 

宇宙の法則からしても自然なこと。

 

形になりやすいのは、

 

「軽やかなエネルギー」なんですよねえ。

 

 

 

なにが来たって、

それが「今の自分」に一番ふさわしい現実なんだ、

と平静な気持ちで受け止める事ができて、

 

そして、

 

宇宙の流れに身をまかせる勇気が持てた時、

 

どんなものが来てもいい、と思えた時が

 

「軽い時」

 

そうなって、

 

来るべきものが来る。

 

 

 

 

偉そうなことはまだまだ言えない、

今も、

何かと「レッスン中」な私ですが、

 

インナーチャイルドの痛みを、

徐々に癒してあげて、

 

他人と比較しないで、

まるごとそのままの自分を好きだな、

と思えるようになった時に、

 

そしたら、

自然と、

宇宙に完全に身を委ねる勇気もでてくるんだなあ・・・

 

という体験を、書きました。

 

 

 

 

ちょっと話の軸がそれましたかね(笑)

 

最後まで読んでくださってありがとうございます。

 

 

心のタネ。

幼少期の心の種を。

 

それがどんな種なのか、

自分でわかれば、

 

癒す方法も、

満たす方法も、

育てなおす方法も見つかるはず。

 

 

 

(さっきからの写真は

 「ニンニクの花」

 170cmある私よりも背が高いです。)

 

 

 

 

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