絵画・イラスト・絵本・銅版画|しずくあつめ舎 佳矢乃-kayano- しずくあつめ舎「佳矢乃」では、フリーのイラストレーター佳矢乃が「魂の世界と、今ここの現実世界を繋ぐ絵」をテーマに、絵画やイラスト、絵本、銅版画、紙もの雑貨などを制作しています。降りてきたふたつの魂を描く「しずくふたつの絵」や、出産祝いや魂の起源である宇宙を表現した作品等、ぜひこちらで、あなたの生活にひとしずくの彩りを。

「反応」をひっくり返して「前提」を見つける(その2)

 

ちょっと日が空いてしまいましたが、

 

どんな「前提」を持っている?

 

上の記事の続きです。

 

 

自分は、今、どんな「反応」をした?

 

・・から、心の根っこ・内側を探っていって、

 

どういう前提(思い込み)を持っているか

 

・・を見つけることができる、そんなお話です。

 

 

 

どう「反応」したんだろう、に注目

 

一例として、

すごく個人的なことを書きます。

 

昨日、とある撮影をしていただきました。

 

後日またお披露目できるお話なのですが、

自分の写真や作品を

プロのフォトグラファーさんに撮影していただく機会がありました。

 

 

そこで、思い出していました。

 

私が長い間、持ち続けた「要らない前提」を。

 

——————————-

 

私は、数年前まで

「自分の写真」を見るのが苦手でした。

 

撮ってもらうまでは良いとしても、

 

いざ、

自分の写真を「見る」のがずっと「イヤ」でした。

 

 

どうして「イヤ」なんだろう?

 

この「反応」を、

過去しばらく観察した時期がありました。

 

 

「イヤだ」って思うこと、

普段あまり深く感じ切らずにやり過ごす部分かもしれません。

 

「なぜ、嫌なのか」なんて

いちいち深く考えませんよねえ。

 

嫌なものは、イヤ、ですもん。笑

(これ、私もまだまだたくさん持っていますし、持っていて「良い」ものです。)

 

 

ただ、

私自身

この事例を「イヤ」と感じてしまうことが

「イヤ」だったので(ややこしい)

 

なぜイヤなんだろう?と、

心の内側の観察をしました。

 

自分の写真を「好き」になりたかったから。

 

「イヤ」をひっくり返したかったんです。

 

 

で、ある時、ハッとしました。

 

お恥ずかしい話ですが、

なぜ「イヤ」だったのかって?

それは・・

 

自分への期待値がめちゃくちゃ高すぎたんだ、と。

 

自分が勝手に設定した期待値、

その期待値にそぐわない姿で写っている自分に

がっかりして「イヤ」だったんだなあって。

 

良い言い方をすれば

「美意識が高すぎる」のかもしれないし、←こらこら、言い方

 

悪い言い方をすれば「自意識過剰」です。←これですね

 

 

で、

それに気づいて、一旦少ーしだけ「平気」になりました。

 

 

あ、そう・・これ読まれて、

もし過去の私と同じように

「今も自分の写真見るのイヤ」って思われる方がいたとしても、

「写真がイヤ」なままでも、全然良いってことは補足させてください。

写真イヤ=悪い。という記事じゃありませんので、

そこは誤解なくお願いいたします。

 

 

しつこく繰り返して恐縮ですが、

私自身「イヤ」なことが「イヤ」だったので、

 

心の内側の観察をして、

自分が持つ前提(思い込み)を見つけたお話だということを

改めてお伝えします。

 

「イヤのままでも良い」こと、あります。

 

 

 

 

話を戻しまして・・

 

 

で、です。

 

それに気づいた途端、

「自分の写真を好きになりたいなあ」と心から思えたのです。

 

 

これが大きかった。

 

これ、

写真、というのはダミーなんですよね。

 

結局、要は、

 

自分 の写真 を好きになりたいなあ

 

なんです。

 

 

 

「自分を好きになりたい」

=「まだ自分を好きじゃない。

 

 

感じた反応をひっくり返したら「前提」が浮かび上がってきます。

 

 

「まだ自分を好きじゃない。

 

これが当時の自分が持っていた前提でした。

 

 

自分を好きじゃない、という根っこを持っていると、

なかなか、いつでも、どこでも、

どの場面でも、しんどいものです。

 

だから、

自分のことを

「そのままで好きになってあげよう」と思いました。

 

数年前の話です。

 

 

 

改めて、

ここに辿り着くまでの経緯も一応書き残します。

 

 

「写真にもっと可愛く写りたい」(←本音さらけ出します、失礼)

「ずっと残る写真だから、綺麗に写りたい」

 

 ↓↓

「撮影される時、身構える。

 だから表情が硬くなる。」

 

 ↓↓

「それもイヤだ」

 

 ↓↓

「写真をもっと自然に撮ってもらいたい」(←え?そこ?という声が聞こえる。笑)

 

 ↓↓

「自然な表情だったら、まだ見ることができる。」

 

 ↓↓

「でも硬い表情とか、気に入らない表情は嫌だと感じる」

 

 ↓↓

「どんな私でも良い、と思えていない。

 どんな自分でも好き、と思えていない。」(←当時の前提)

 

 

これをひっくり返して・・・

 

=「どんな自分でも、好きになってあげよう」

 

 

 

 

 

前提をひっくり返して「癖づける」

 

 

もし、

 

自分の写真が「イヤだ」と思っている自分を、

好きでも嫌いでもない。

 

としたら?

 

そういう方もいらっしゃると思います。

 

「写真が嫌いな自分」のことを、

さほど気にしていないなら、

このケースは参考にならないかもしれません。

 

 

 

でも、もし

 

「イヤだと思っている自分」に違和感を感じていたら、

 

この違和感を自覚できたら、大きいです。

 

ひっくり返せます、ので。

 

 

 

○POINT○

 

違和感を感じることは最大のヒント。

 

心の奥深く、魂の本質では、

 

「自分の写真を好きになりたい」と思っている

 ↓↓

「自分そのままを好きになりたい」と思っているサイン

 

 

そして、

そう思えたら、そうなれます。

 

あとはじっくり「癖をつけるだけ」

 

 

 

他にもいろんな「前提」を持っている

 

こういう「前提(思い込み)」って他にもたくさんあります。

 

私も、まだまだ他にもいっぱい持っている自覚あります。

 

他の例を挙げると、

 

「自分は大事にされていない」っていう前提

過去持っていました。

 

これも時間はかかりましたけど、ひっくり返せましたよ。

 

なんせ、

前提に気づけたら、

 

その前提(思い込み)をもう持ちたくないな、

と思えたら、

 

都度都度、マメにひっくり返していました。(笑)

 

 

思い込みの上書き保存を粘り強く、やっていく。

 

どうやるか、は、

 

単に、

言葉を変えるでもいいし、

行動を変えてみることでもいいし、

方法はなんだっていい、と思います。

 

 

私の写真のケースだと、

「自分の写真を好きになる」思い癖をつけるため、

荒治療をしました。(え)

 

とにかくバンバン、

自分の写真を見続けるという至ってシンプルな方法です。わはは。

 

いえ、これ、効果ありました。

 

見続けたら・・

いずれ必ず「慣れる」んですもん。(笑)

 

 

「慣れたら、全然平気になる」

 

 

 

あと、

 

「自分は大事にされていない」という前提は、

 

「自分は大事にされる」と思い込み直しました。(これもザ・シンプル、笑)

 

 

「自分は大事にされていない」とは、

つまり、

周りから大事にされていない」と受け取っているから、

だと思うんですが、

 

この「周りから」は、

実はダミーなんですよねえ・・。

 

「周りから」と、受け取っている自分が「いる」

 

で、これも諸々すっ飛ばして、

いきなり核心に迫ると、

 

「自分が、自分を大事にしていない」からなんだ、と気づきました。

 

自分が、自分をないがしろにしていたんですねえ。

 

 

もっというと、

幼少期から青年期にかけての刷り込み

「自分を大事にしたらダメだ」という思い込みも上塗りされていたので、

それはもう、

とんでもなくしつこく分厚い「前提」になってしまっていて、

大変苦労しましたが、

この上塗り部分のことを書き出すと、

ややこしくなるので今回は割愛します。(え)

 

 

諸々とにかく、すっ飛ばすと(えー)

 

「自分が自分の心を、大事にするだけ」

 

シンプルに、これでした。

 

 

で、これも、ひっくり返せた私ですので、

自信を持って書かせていただきます。

 

 

(で、改めて思います。

 周りからどう扱われるかは、やっぱりダミーでした。)

 

 

あと、これについては

私には「良い先生」が身近にいたことも大きかったです。

 

毎日、接する娘たちが、

「最初から、

 自分は大事にされて当たり前という

 前提を持っている」子達だったのです。(笑)

 

彼女たちの言動から、

「自分を大事にしたらだめだ」って嘘なんだな、って気づけたのです。

 

「自分も大事にされて良い」んだ、と。

 

「自分は大事にされて当たり前という前提を持っていい」と。

 

 

 

幼少期の体験は大きいですね。

インナーチャイルド、です。

 

先の記事でも、

 

「前提」は、だいたいが、

「過去の経験」から生まれたもので、

 

それを何度となく重ねるうちに、

根深く、しつこく

「思い込み」となって

心の奥に住み着いてしまったもの。

 

 

過去の出来事と同じことが

「今」起こるとは限らないのに、

 

「今」はそうじゃないのに、

 

いつまでもしつこく

「今もそうだ」と持ち抱えている、持ち抱えているのも自分。

 

と書きました。

 

 

でも、

インナーチャイルドを癒す必要があるなら、

何歳からでも始められます。

 

実際に徐々に、確実に、

私の「前提」も書き換わっていきましたし、

 

なぜ今、そう実感できているかというと、

 

今、周りや相手から

「一見大事にされていない」と思える反応にあっても、

 

「わたしはやっぱり、大事にされないんだ。」

という反応をしなくなっているからです。

 

そう、反応しなくなるんです。

(↑これ、わかりやすい鍵です)

 

「へー、

 この人はそういう態度をする人なんだね。終わり。」

 

くらいで、済むようになる。

 

その人の

自分への対応が、

自分の価値に直結しなくなる。

 

冷たくされた、

だから私には価値がない。とは、ならない。

そんな反応はしなくなる。

 

 

だって、

自分は、

ここにいるだけで価値がある。

 

自分は大事にされて当たり前

いう「前提」を持てているから。

 

 

だから、

反応してしまう時は、

まだなんらか「痛む種」が

潜んでいるということなのかもしれません。

 

ここはもう丁寧に丁寧に、

自分で掬い取って、

反応する原因の種(前提)を

自分で書き換えるだけだと思います。

 

 

相手の言葉・態度で、

自分の価値を

0か、100かなんかで決めなくていい。

 

極端なジャッジに結びつけなくていいのです。

 

 

 

今日も長々と読んでくださってありがとうございます。

 

皆様にとっても、

仮に、

嫌な反応をしてしまう心の種があったとしても、

反応しなくなるまでの方法や道のりが、何か見つかりますように。

 

 

余談ですが裸の王様って

自分の本当の姿を「見ようとしなかった」んですよね。

 

自分を知るって、逃げずに見ること。

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