トンビとしばらく目を合わせていた話(プチリトリートその2)
個人的な
4月のプチ・リトリート記録、その2です。
半年前の昨年の秋ごろから
「次女が一人暮らしを始めた後の
4月の後半は
必ず2週間ほど休もう。」
と決めていました。
ところが
4月に入ってからも
新しいお仕事のお話をいただいたり
(でもラフが一旦GW明け。
Kさま!ありがとうございます!)
4月前半に一旦納品したお仕事の
修正がちょこちょこあったりで、
なんだかんだ、
4月後半になっても仕事していたワタクシ(^^;)
あの決意はなんだったんだ。
と思わなくもないですが、
でも、矛盾するようなこと言いますけど
4月の後半2週間は絶対に休む!って
決めていた効果は
やっぱり、あるのはありました。
3月からずっと続いていた仕事の
複数の締切のほとんどが
4月15日、16日までの前半で終わる
スケジュールだったですし。
(後半突入した仕事も
負荷は少なかったからセーフとみなす笑)
やっぱり
「決める」ってすごいパワーがあるなあ
と再認識しています。
数日前も仕事はしたけど、
黒板アートを描くもの。
和歌山県白浜町
田辺観光バスさまロビーで
二作目として描かせていただきました。
消すのも(笑)描くのも
時間はかかりましたけど
田辺観光バスの皆様にも助けていただいて
描き終えることができました。
「熊野の森にようこそ」
田辺観光バスさまに訪れる方に
少しでも
熊野の森のホッとする感じを
想像していただけたら嬉しいなあ・・
こういう
自分ができることで
誰かが喜んでくれること
やっぱり嬉しいなって思います。
描く楽しさ、
忙殺されるとつい忘れがちになるんですが(こら)
そうじゃなければ
やっぱり描くの楽しいなあ、と
黒板アート描きながらも感じていました。
関係者のみなさま、いつも
本当にありがとうございます。
そんな合間に・・
満月だった4月24日。
一日ゆっくり休む日にして
描くこと、書くこと(文章も)やめて
久しぶりの龍神温泉に行ってきました。
まさしく
プチリトリートです。
その龍神温泉で
ちょっとした面白いことがあったので
書き留めます。
朝ゆっくり気ままに向かって
午前中に湯船に浸かりたくて
朝から小一時間、車を走らせて
和歌山県・龍神温泉に行きました。
(写真なし、です)
平日だったからか、ほぼ貸切状態。
内風呂も、外風呂も
ゆっくりゆっくり浸かりました。
当時、
ちょっとだけ迷っていたことがあって
高次の自分に
そのことを問いかけたりもして
(ハイヤーセルフ関連の記事をご参考ください)
ヒントが来るのを待っていた状態でした。
とはいえ、
人間のエゴが大きく働く時って、
ヒントらしきものを見つけても
「でもなあ」
「でもなあ」・・と、ついやりがちで。
その時のわたしも、
そんな状態だったな、と振り返り思います。
「でもなあ」をやっているときは、
受け取れないんですよねえ・・(白目)
受け取りたいと思っている、と
頭で思っているだけで、
心の奥深くが
魂が
「拒否」ってる、ほんとは。
これに気付かされます。
目の前に差し出されても
「でもなあ」と受け取らないから、
受け取れない。
受け取らないから、
「ある」のに、
「ないもの」になる、ソレ。
他の方はどうかわかりませんが
わたしの場合は、通常なら
「お湯に浸かっている時」が
ヒントを受け取りやすいと感じているので、
龍神温泉の気持ちのいいお湯に入ると
また何か違うかも、と
ちょっとした期待も
正直なところ、ありました。
「でもなあ」をやっている自分を
自覚したから、
龍神温泉に車を走らせた、というね。たはは。
外風呂でなく、ガラス張りの内風呂で・・
これは一年前?くらい
以前の話ですが、
この龍神温泉の外風呂に入っていた時に
ほんの微かですが、
「これはそうだ」と
割とはっきりヒントを受け取ったことが
経験としてあったので
今回も、内風呂で体を慣らした後
外風呂に早い時間に移って、
しばらくぼーっと浸かっていました。
・・・・が。
期待しすぎたんでしょうね(え)
期待は重いから、
そう期待通りにはいかないのかもな(おっとぉ)
今回は
外風呂ではあまり何も感じませんでした。
まあ、そんなこともありますよ、
と思いながら
再び
内風呂に移動しました。
分厚いガラス張りの内側。
ガラスのすぐそばの
外の景色がよく見える場所に浸かりました。
(イラスト参照)
ちょうどその頃、
2人お友達らしき おばあさま方が入ってきて、
貸切状態は終了になりましたが
さほど気にせず、
引き続き、ぼーっと入りつつ・・
ここで、わたしは再度
心の中で呟きました。
「わたしにはっきりわかるような
ヒント、くださいな。」
と。
すると・・
これ、ほんとに、なんですけど
心の中でつぶやいてから
ほんの2・3分くらい後だったと思う。
割と、すぐ。
向かいの山の方からリュルーーっと
一羽のトンビがこっち向かって飛んできて、
まず、
わたしの入っている方じゃない
もう片方の内風呂ガラスに向かって
バーンッ!って突撃してきたのです。
例の2人のおばあさまが
びっくりして悲鳴あげるくらい。
それくらい、
まあまあ強い衝撃だったから(汗)
わたしも、ややビビりながらも
「おや・・もしかしてこれは・・」
と、様子を見守ることに。
あれだけ思いっきりガラスにぶつかったなら
トンビさんも痛いはずだし、
そのまま慌ててすぐ逃げても良さそうなのに
全然、逃げるどころか
そのままぶつかった
ガラスのそばに止まって
中の様子を伺っているのです・・。
まさか
・・の、まさか?
と、思うや否や・・
今度は
トンビさん、
ふわっと飛び立ったかと思ったら、
建物を沿うように浮かぶように
すっとわたしがいるガラス向かって飛んできて・・
いや、向かってきたというか
もうそのまま
本当にわたしの目の前に止まりまして・・!
これ、嘘じゃないんです・・
信じてもらえるかどうかわからないけど。
わたしの目の前に止まって
首を傾げながら、
わたしをガン見するから、
わたしも思いっきり
トンビさんと目を合わせたら(笑)
口バシを、ぱくぱくぱくぱく・・
は??
はあ???
何か、言うてる。(笑)
(再びイラスト参照笑)
おばあさまたちが、
まあまあ近くにいるから、
声に出して会話をするわけにもいかず
(笑っちゃう)
「何か言いたいのですか?
わたしに、
一体、何を言おうとしているのですか!」
と笑そうになりながら、
心の中で叫ぶ始末。
でも、
なんかその口ばしパクパクが
可愛らしくて、健気に感じちゃって
多分わたし、
赤子を見るかのような目をしていたと思う(笑)
結構長い間、
そんな風に、トンビさんと見つめあってたら
さっきの2人のおばさまが、
私たちの様子を見ていたんでしょうね、
(近いのか遠いのか、
彼女たちの気配も
背後にずっと感じていた笑)
2人がこっちの湯船に入ってきたと思ったら
トンビさん、
気が済んだような顔して、
飛び立っていかれました・・・。
おばあさまたちが
呆気にとられたような声で
「なんですか?今の!」
「すごかったですね、今の鳥!」
と、聞かれましたが・・・
「ですねえ。
すごかったですねえ。」としか言えず。
でも、
わたし1人勝手に
なんだかこの出来事と
うっすら感じたことを、
じわじわと、噛み締めていました。
あれは、
トンビさんは、使者だったと思う。
(おかしなひと扱いされるだろうけど、全然それでもいい笑)
こんなわかりやすく
何かを伝えようとしてくれるなんて。
大いなる力は、ある。なあ・・と。
なんらか迷っても、
なんらかエゴが沸いても、
見守ってくれている力は「ある」
「ある」と思うから「ある」
わたしは、それを受け取った。
それでいい、と思えます。
いまだに目に焼きついて離れない
トンビさんのあの姿、あの目、
あの口パクパク(笑)
漫画みたいで、
思い出すたびにニマニマしちゃいます。
今朝も「くらいました」←言い方
実は今朝もですね、
ほど近い川沿いを散歩していたら
また・・トンビさんと遭遇して
しばらく見つめ合いました。(何これ)
「今、ここ、この瞬間」を味わい
散歩しながら、
ふわっといろいろ問いかけていたら、
トンビさんの鳴き声がしたので
おっとー、これは(笑)と
顔を上げたら、
真正面のビル屋上から
トンビさんが
こっちを見ている(ように見えた)のです。
ふわああ、ってなりました。(語彙力)
彼?彼女?
どっちだろう、わかりませんけど
何度も
ヒュールルルルルル
ヒュールルルルルル
って鳴いてたなあ・・・街中なのに。
まあ、単なる・・
彼らの恋の季節なのかもしれないけど。
(こら、受け取り拒否をしないっ)
という、
トンビ2連発を受けたワタクシでした。
「求めよ、さらば与えられん。」
キリスト教徒でもなんでもないですが、
こんな言葉がありますね。
「求めよ、さらば与えられん。」
これは、真理なんだろうな、と
思うことも、
これまでたくさんありました。
心優しすぎる人のお話を聞いていたら
時々
「受け取っていいんでしょうか。」
「受け取るの申し訳ない気がします。」
と、おっしゃられる方もいて。
そんな時、過去の自分を思い出します。
かつて17年ほど前までの自分。
ハイヤーセルフ(高次の自分)を
初めて知った頃。
「受け取っていい、と
自分に許可出してあげてくださいね。」
と教えてもらっているのに、
当時はまだ
全然それがピンときていませんでした。
受け取るなんて、そんなそんな、と
いらん遠慮をしていました。
でも、
「与えよう」としてくれている存在や
力が「ある」のに
こっちが、
「ない」ものに見なして、
「受け取れません」ってやっちゃったら
「与えたい」と思っている存在は
切ないだろうな。
いや、いいんだけど(え)
こっちが受け取ろうが受け取らまいが、
そのくらいで
へこたれるような
「大いなる力」ではない、し。
もちろん、
大いなる力は、
「受け取りなさいよ!」って
こっちに強制も、しない。
受け取れない、という
こちらが選んだ意思も、
「自由意志」として
尊重してくれている。
だから、
受け取るか、受け取らないか
こちらの選択次第。
でも、
大いなる力は、
絶対に、
わたしたちが幸せで「ある」ことを
あきらめない。
と、
あえての断定形で締めたいと思います。
なんだろうかあ・・
トンビさんの目力、口ばし力
そして今朝の鳴き声に
押されて、
いつも以上に
暑苦しい文章になってしまった気がしますが、
そのままにします。むふ。
制作中のルノルマンカードもう少し
Instagramでは
度々アップしていたのですが、
ルノルマンカードの制作・・
まだまだ絶賛続行中です♫
(サイズ感を試している図)
でね^^
まさに
トンビさんとの
目と目で通じ合う〜♫(この歌わかると同世代笑)
じゃないですが、
ルノルマンカードの
「鳥」って
・会話
・コミュニケーション
・おしゃべり
・テンポのいい会話
って
意味があるんですよねえ。
すごい共鳴具合( ´ ▽ ` )
心温まる対話は、嬉しいものですよね。
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