絵画・イラスト・絵本・銅版画|しずくあつめ舎 佳矢乃-kayano- しずくあつめ舎「佳矢乃」では、フリーのイラストレーター佳矢乃が「魂の世界と、今ここの現実世界を繋ぐ絵」をテーマに、絵画やイラスト、絵本、銅版画、紙もの雑貨などを制作しています。降りてきたふたつの魂を描く「しずくふたつの絵」や、出産祝いや魂の起源である宇宙を表現した作品等、ぜひこちらで、あなたの生活にひとしずくの彩りを。

ゼロになることへの抵抗と、気持ちよさ

みなさま、お疲れ様です。(急にどうした)

 

本当、連日夜遅くまで頑張ってはる人も

一体何時までお仕事やってるんだろうと思う時間帯に

メールをくださる人も

 

本当に、

どうかどうかご無理ないように・・

 

おやすみ時間が取れなくても、

せめて睡眠時間はどうかしっかり確保してくださいね。

 

と思ってしまう日々。

 

というのも、

連日の〆切ラッシュで

こちらも、つい夜遅くまでやってしまうからなんですけども、

 

ありがたいです、と思いながら、

お互いに労い合うことも忘れずにいたいです。

 

私もあまりにも連日缶詰で息が詰まりそうだったので、

つい先日、

無理やり、自分時間を作りました。

 

 

 

クロワッサンが大好きです。(突然の告白)

 

 

足湯も最高です。

海と繋がって見える足湯です。

気持ちよかったです。(小学生の作文)

 

 

コーヒーも大好きです。

コーヒー飲みながらの足湯もよかったです。(小学せ・・)

 

 

「やって当たり前」と思いすぎる世界が、

これ以上広がりませんように。

 

相手にも強要せずに、自分にも課過ぎないように。

 

相手のことも、自分のこともロボットのように扱いませんように。

 

想像力がもっと働きますように。

 

相手がどうやったら仕事しやすいかなー、とか

仕事だけじゃなくても、

相手のこと、自分のこと、周りのこと、

もっとイメージできて、

 

どうやっていったらいいかなーって。

 

何か協力し合える世界がもっと大きくなりますように。

 

 

という独り言はさておきまして、

先日の記事の補足的なこと、

つらつらっと「今、ふっと来たので」

仕事の手を止めて、つらつらと書いています。

 

 

 

ゼロになるのが怖い、という心理

 

前回記事「一旦、ゼロにする」

 

これをアップした後に、

これまたやたらと、

 

「なにかを失うのが怖い。

 ゼロにするのが怖い。」という文言が来ていました。

 

わたし?

うーん、わたし、

そんなにもう怖くない。・・はずなんですが、

表層意識は怖くないと思っていても、

奥深くに潜む隠れた意識は、隠れてあるものなので、

そこは、ぼんやりなんとなく

表の水面下に上がってくるまで様子見します。

 

私のことじゃないかもしれないですけど、

そこは追求したって、わかりません。

 

ただ、その時浮かんだり感じたものを

そのまま書き留めていくと、

時々、それを読んで下さった方が

「あの記事、今の私にジャストミートだった」と

お声がけくれることがあったりしますし、

 

そういうやりとりをさせていただくことで、

私も、自分と改めて向き合えたりできるので、またありがたいのです。

感謝ばっかり。

 

 

人の記憶は曖昧です。

読んでも、さらっと流れていきます。そんなものです。

私もそうです。

自分で書いたことも忘れるもんですから、

なんども同じことを書くかもしれませんし。(え)

なので、繰り返し繰り返し、

しつこく書いてるなーと思われるかもしれませんが何卒ご了承ください。

 

 

もとい、

 

意識をゼロにするって、

まったく何も考えない、

何も感じない、ってことでは全くないです。

 

ある方が面白いことをおっしゃっていました。

 

身近な男性に「ゼロであること」を提案?したら、

難色を示されたとのこと。

 

女性は割と、ゼロになることへの抵抗が少ないといいますか、

 

積み重ねたものだとしても、

ある時、それをさっぱり手放すことには

あまり抵抗がないのかもしれません。

 

でも男性は、

蓄積していくもの・実績として残すことで

自分の価値を見出す性質かもしれないので、

「なるほどなー、面白いなー」と軽く思いました。

 

もちろん、男性だから、女性だからそうだと決め付けられないものですし、

あくまでも傾向に過ぎないので、

ここはさらっと読み飛ばしていただけたら嬉しいです。

 

 

 

なんでしょう、またこのことから、

 

「ゼロ」という、

数値を表す言葉ゆえ、誤解が生じがち?な気もしました。

 

積み上げてきた実績に価値を置くとしたら、

そりゃあ、それを「ゼロにする」

失うのは怖いでしょうね。

 

無理もないですし、自然な感情の沸き方だとも思います。

 

 

ただ、

 

ここで言う「ゼロにする」って・・・

 

今の、瞬間瞬間に、

ただ意識を向けること・・だとしたらどうでしょう。

 

 

数時間前、数分前の出来事に想いが囚われていない状態。

(過去・過ぎたこと)

 

数分後、数時間後に思考が縛られていない状態。

(未来・先のこと)

 

 

地上生活していたら、

時間通りに物事を進めないといけないことってたくさんありますし、

完全に、

時間を無視した生活はできるわけはありませんけど、

 

意識を、なるべく、

「今、この瞬間の、自分の状態」

に向けてあげる。

 

それが、

「ゼロ」になる、に近しいのかなあと感じます。

 

 

また、

過去の栄光や、実績や、

「かわいい」って言ってもらえた、とか、

「褒められた」とか、

そういう意識の中に取って残しておきたいものも(笑)

 

もちろん、

たまに宝箱から出して愛でる程度の思い出しくらいは良いとしても、

 

毎度毎度、

「わたし、かわいいって言ってもらったから、

 かわいいはずだもん。」

とか、

「褒められたから、

 わたしは素晴らしいはずだもん。」

ってやりたくなったら、

 

常に意識が過去にフォーカスしてるってことにもなりかねません。

 

(そこを尺度にしていると「肝心の今」を見失うかもしれないですしね)

 

いえ、悪いわけじゃないですけど、

そういう「過ぎたこと」にフォーカスし続けると、

 

自分のエネルギーが疲弊していくんですよね。

ここに、ない、わけですから。意識が。

 

 

逆に、先々不安がると言う心理も同じかもしれません。

 

先々に意識を向け過ぎるのも、

ここに、意識が「ない」状態。

 

それが苦しい原因の一つになっているケースもお見かけしたことあります。

 

なので、

 

意識は、ここ、にある。こと。

 

 

一瞬、一瞬が「真新しい」意識で向かう。

 

それも「ゼロになる」ってことじゃないでしょうか。

 

 

 

なんだか小難しいことを偉そうに言っていますが、

私もよくわかっていません。(え)

 

 

でも、「ゼロになる」ことの気持ちよさは知っているつもりです。

 

今までも、何度かいろんなものを手放しました。

大小問わず。

 

手放さざるを得ない状況もありましたけど、

自分から、

えいやって勇気を出してゼロにしたものもありました。

 

ゼロにした後、清々しい気持ちも体感しました。

 

大小問わず(笑←わかったって)

 

 

 

足湯。

 

足を温めながら、ぼーっとしていたら鳩がやってきました。

この後も、数羽やってきて、

しばらく向かい合っていました(笑)

 

なーんにも考えない時間。

 

足の暖かさと、ポツポツと顔に当たる小雨と、

海の音と、

深呼吸して感じる、肺の動き。

 

ここに、あるなあ・・と言う感覚。

 

これも、仕事で頭いっぱいだったものを

「ゼロにした」貴重な時間でした。

 

 

今日もお付き合いいただいてありがとうございます。

皆様にとっても

ホッとできる時間がありますように。

 

 

 

 

 

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