絵画・イラスト・絵本・銅版画|しずくあつめ舎 佳矢乃-kayano- しずくあつめ舎「佳矢乃」では、フリーのイラストレーター佳矢乃が「魂の世界と、今ここの現実世界を繋ぐ絵」をテーマに、絵画やイラスト、絵本、銅版画、紙もの雑貨などを制作しています。降りてきたふたつの魂を描く「しずくふたつの絵」や、出産祝いや魂の起源である宇宙を表現した作品等、ぜひこちらで、あなたの生活にひとしずくの彩りを。

絵本「生まれる日」について

3月グループ展参加

5月個展

これらの準備のため、

グッズのネット販売は現在一時休止中です。

 

ただ、一部の商品

 

絵本類

絵画作品

銅版画作品

スマホケースのSALE中のものは、

 

販売 継続しています。

 

 

 

その中の一つ

 

絵本「生まれる日」のことを。

 

絵本「生まれる日」

 

 

自費製作した数年前から少しずつ

個展などで発表・販売し、

 

今現在で、のべ販売数400冊を数えました。

 

これまで手に取って下さったみなさま

本当に有難うございます。

 

一度買って下さった方が、

またお友達へとリピートして下さったり、

何冊もまとめて買って下さったり、

本当にありがたいです。

 

 

 

 

(以下:前ブログ・2016年当時の記述から一部編集転載です。)

 

 

絵本「生まれる日」を作るきっかけ

 

 

2014年頃だったかと思います。

 

コーヒーパッケージのイラストでお世話になっている

和歌山県田辺市内にある珈琲専門店さん
バニラカフェさんから
「絵本とコーヒーのセットを販売したい」

というご連絡をいただいたのが、はじまりでした。

 

お話いただいた瞬間に

「やりたい、描きたい。」と瞬時に思って、

 

後日、

思いついたまま走り書きの線画ラフを数時間、
仕上げの絵を、2日か3日で描きました。

 

 

本当は
もっと練った方がいい部分や、
もっと推敲した方がいい部分もあるかもしれませんが、

 

私はあの約3日間の、

なんだかわからないけど、流れるように描いたまま、

手が単なる道具になったような感覚で描いたものを、

 

そのままの形で残したいな、

と思って

そうしました。

 

 

 

 

制作は「浮かぶまま・来るままに」

 

 

「生まれる日」というタイトル通り、

 

最初はバニラカフェさん提案での出産祝い、

内祝い目的がそもそもの目的でしたが、

でも、あの
「描きたい」と思った瞬間、
私の中で、

ある一つの記憶のようなものが、
ばばっと流れるようにやってきました。

(下線箇所は「思い出して」とい方が普通なんでしょうけど、
 あの時は「流れるようにやってきた」という方がしっくり来ます。)

あと、

その記憶部分だけじゃない

「他の何か」が

どんどん乗っかっていったようにも思います。

 

 

 

少し話が飛びますが、

 

世の中には、

生まれる前の記憶を持つ人がいます。
生まれる瞬間の記憶が残っている人もいます。

 

でも
私は、最初からそういう記憶を持っていた人ではありません。

胎内記憶や前世の記憶なんてものは、
生まれる瞬間に忘れる人が大半で、
私もそのうちの

「忘れた」方の人間の一人でした。

でも、過去ある時、
どういう名前のヒーリングかは忘れましたけど、
生まれる前の、
母親の胎内にいた時の記憶を蘇らせて、

自分のルーツを知る、
というようなセッションを受けたことがあって、
その時、

「この人(母親)が辛そうだから、

 とにかく笑わせてあげたい。

 と思って入ったけど、ここはなんなん。
 だんだん狭くなっていくやん。
 めっちゃイヤやねんけどー。
 窮屈すぎるねんけどー。
 早くここから出て、笑わせたいやんー。」

と、いうような

その当時の感覚を思い出しました。

そうやん、わたし、そう思ってた。
向こうから、

あの人なんか辛そうって様子が見えていた。
本当はもっと笑ってる人なはず。

可愛らしく笑う人。

笑っててほしいやん。
なんかできるかな、わたし。
笑わせてあげられるかな、笑わせたいな。

で、わたしは、あの人を選んだ。

 

これ、

思い込みだと否定されてもおかしくない話なのですが、

別にそれが思い込みでも、

それでもいいな・・と思います。

「あ、そうだった。」
という感覚に、あの時なった。

単純にそれだけですが、

 

あのタイミングでそう思えたことが

私自身には、とても大きな出来事でしたので、

それだけで十分でした。

 

うっすらと一部分が明るい空間、
血の通ったほんのりと温かい空間の中。

だから、
子供は自分で親を選んでくるんだ、ということも、
この時、感じました。

 

でも実を言うと・・

 

まだ当時の自分は、
物心付いてからのしんどい親子関係の記憶にしがみつき、
「自分でこの親を選んできたとは思いたくない。」
とめちゃくちゃ抵抗していました。

 

だから、

あー、選んできたのかも・・とは感じながらも、

 

一方で、

まだかなりの抵抗感も残っていて、

 

「えー、でも認めたくないわ。」って思っていたんです(笑)

 

こんな絵本を、

自分の手で描いておきながら。

 

だから、

とても矛盾しているのですが、

 

この絵本の内容が

そういう思いを抱えている

子供側の立場の方々にとっては

押し付けがましくなる恐れがあることも

十分承知していますし、

 

 

そして、やっぱり矛盾していて

説明のしようがないのですが、

 

すごいスピードでやって来た内容と、

そのまま描いたあの感覚は

嘘じゃない気もする・・とも感じてもいるのです。

 

 

認めたくなかった自分を経て

それから程なくして、
映画「かみさまとのやくそく」を観て、

 

やっぱりそうか、と思いました。

 

少なくとも私は、彼らを選んだんだ、と。

 

 

でも、これは

自分から、そう感じられたら良いのですが、

 

いくら他の人から、
「これが真実なんだよ。」と言われたとしても、

自分が心の底から腑に落ちないものは、
「そんなはずない。」と

ずっと見たくないものだとも思うのです。

それは、
その人にとったら真実どころか

「嘘」「間違い」であってほしい物事だから。

 

「こんな風にさせられてる。」
「こんな親のところに生まれさせられた。」と

思ううちは、仕方ないのです。

 

そう思い続けたい何かがあるんですし、

 

自分が選んだなんて、

認めたくない段階でしょうから・・。

 

(これ、別に親子のことだけじゃなくて、ですけども)

 

 

ただ、

私に限った話ですが、

 

のちのち、

私に、

 

「私がこの親を選んだはずがない」という意識ですら、

自分が選んでいることに

気づいてしまう時期がやってきます。

 

 

自分自ら「被害者」でい続ける事で

何かしら心理的なメリットを得ていたことに

 

気づいちゃったのです。

 

これはショックでした。

 

私自身が「被害者」でい続ける選択をしていたんですから。

 

意識すら全て、私が「選んでいた」

 

それで、

「被害者」でいることはやめよう。

 

やっと強く決意することができました。

 

いろいろ段階は踏みましたが、

今は、

「この親を選んだのは、私だ。」

と、力みもなく、

スーッと思えるようにはなれたことも

付け加えておこうと思います。

 

 

 

 

 

 「その時が来る・来ない、もどちらもあって良い」

 

「その人にとっての真実」は、
誰かがその人に強制できるものではありません。

 

そして、
「時がくるまでは」
それでいいんだと思います。

誰かがそれを変えようとしたって、

それは変わりません。

自分の見ている視点を、

自分で変えようと思わない限り。

 

信じたいもの、
見たいものを

「今の自分にとっての真実」としているから。

 

 

なのでそれがどんな意識・どんな形だとしても、

「今」が、Present 。

それを大事にして、良い。と私は思っています。

 

そんなこんな・・なんですが

 

一応、製作から完成までの流れをまとめますと(しつこいけど、笑)

 

この絵本を描いた私自身が、

そんな矛盾した記憶・感情を抱えながらも、

この絵本のラフを描いている段階で

なぜか泣けて泣けてしょうがなくなってしまった・・

という状態になり、

 

のちのち、結局

「選んでここに来た」ことを認めざるを得なかったり、

 

つけ加えるなら、
制作時は、

既に割と長い間、
自分の魂の本質ともやりとりしていた最中でもあったからか、

魂の世界や宇宙からのサインのようなものも

なんとなく入ってるかもなあーと、

思いながら製作していたこと。

 

 

そして完成後、

ある程度時間を置いて見た「今」も、

 

自分が描いたもの、というより、

 

もっと俯瞰で距離を置いて眺めた感じでも、

 

「描かせてもらってよかったな」

 

と、そう思います。

 

 

 

出産お祝いに、

という始まりから出来た絵本ですが、

 

赤ちゃんがお近くにいらっしゃらなくてもいいのです。

 

ある方は、

思春期になったお子さんへプレゼントしようと

お求めくださった方もいましたし、

 

ある方は、

ご自身へのプレゼントして買って下さったりもしました。

 

 

誰しもが「生まれる日」を経験しています。

 

ご自分が赤ちゃんだった頃のこと、
ご両親も、いつかは赤ちゃんだったこと。

そんなことに、

ちょっとでも思いを馳せる時間になれば、

 

そんな些細なきっかけだとしても、

 

何か「気持ち」が温かくなっていただければ、

ありがたいです。

 

 

 

なーんて、ちょっと真面目に語ってしまいましたが、

 

今日・3月8日は、

○○年前に、

私が「生まれた日」です。

わーい、おめでとうわたし、産んでくれて有難う親(笑)

 

ミモザの日、

鯖の日、

ミツバチの日、

国際女性デーの日、

桜井○寿さん、水○しげるさん、

高木○ーさんの誕生日でもあります。

 

 

365日のどこかで必ずやってくる日。

昨日もそう、明日もそう、

毎日毎日・・ですよね。

 

皆様の誰か大事な方にとっても大事な日を

どうか、

心地よくお過ごしになられますように。

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